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<プロフィール>

代表取締役社長 石田直之氏

石田直之氏

フォトスタジオ「ism」・ポートレートスタジオ「ism:basic」 代表

姫路でいち早くウエディングのデザインアルバムを商品化。10年で1000組以上の撮影を行い「ウエディングなら石田」と言われるように。2006年、本町商店街に「ism」をオープン。“普段着のまま、家族の日常を残す”というスタイルを定着させた。さらに2011年、祖父の代から続く本店「イシダスタジオ」を「ism:basic」へ改装。「大人専用」と位置付け、大人が気軽に撮影を楽しめるようなポートレートスタジオを生み出す。2013 年パリコレクション「RYNSYU 2013/A/ W」に参加するなど、フォトグラファーとして第一線で活躍する傍ら、全国で講演・講師活動を行う。

1.ウエディングで知った、フォトグラファーとしての楽しさ

―――「イシダスタジオ」と言えば、現存する姫路で2番目に古い写真館ですが、小さい頃からカメラに親しんでこられたんですか?

子どもの頃は、全く写真に興味が無く、高校卒業後もバレーボールのスポーツ推薦で大学に進学しましたし、両親も僕に対して「店を継いでほしい」という気持ちは全く無い様子でした。

母から「戻ってきてほしい」と声がかかったのは、大学4年生の頃。父が病気で「余命1年」と宣告を受けたことがきっかけでした。当時は、「家が大変だろうから、手伝わなければ」の気持ちで姫路に戻ってきたんです。

写真について学び始めたのですが、そもそもやりたかったことでもない。心配していた父の病状も、徐々に回復していったことから、父が落ちついたらここを出て、違う仕事をしようと、思いながら過ごす毎日でした。

―――「いつか違う仕事を」と考えておられた石田さんが、フォトグラファーとしてやる気をだされたのには、何かきっかけがあったんですか?

代表取締役社長 石田直之氏

ウエディングフォトとの出会いがきっかけです。「嫌々店を手伝っている」という自分の気持ちにも飽き始め、どうにかしてこの仕事を楽しめないかと考えていた頃でした。テレビで紹介されていた、神戸のある写真館に興味を持ったんです。

その写真館は、一般の女性を街中でモデルのように撮影して、写真集にしていると紹介されていました。

同じ写真を扱う仕事だけど、自分の仕事とは全然違う。そのギャップに影響を受けた僕は、翌日には電話をしていました。

「一度おいでよ」と言われ、訪問したのは当時社員5名ほどの小さなお店。「実は、テレビで紹介された企画より、力を入れているものがある」と見せられたのが、ウエディングのデザインアルバムでした。

結婚式や披露宴の様子をスナップで撮り、ストーリー仕立てのアルバムに仕上げるというのは、今ではあたりまえのこと。でも、当時の結婚式の写真は、かしこまった席での集合写真や、「型物写真」と呼ばれるきっちりと型を決めたものしかありませんでした。

自然な表情で幸せそうに笑う新郎新婦や、その場の雰囲気がわかるようなそのアルバムに衝撃を憶えました。

そして、その店の責任者が「このスタイルは、大阪、全国、いや、世界にどんどん広がっていく」と、熱く語ってくれたんです。それに引き込まれ、僕は、「僕も姫路でやってみます。」と伝え、何度か店で勉強させていただいた後、姫路で初めて、ウエディングのデザインアルバムを売り出したんです。

―――石田さんに衝撃を与えたお店は、その後業界を牽引し、今では海外にも進出されていますね。デザインアルバムは、発売当初の地元のお客さんの反応はいかがでしたか?

お客様からの口コミで徐々に認知度も高まり、提携している結婚式場からだけでなく、新郎新婦が「自分達の結婚式を撮ってほしい」と、お店に来てくれるようになりました。

「ウエディング」に対する世の中の常識が変化し続ける時代でしたが、ちょうど僕も20代後半から30代前半。新郎新婦と同世代だったこともあり、結婚式当日の撮影だけでなく、姫路美術館や好古園などに出向いて行う「ロケーションフォト」など、さまざまなことを試みました。

そして、いつの間にか、ウエディングといえば、うちの店の名前を出してもらえるようになっていましたね。